「姉さん!それはどう言う事です!アメリカに攻撃があったって」
志貴の言葉に場にいる全員の緊張が高まる。
『こっちにもまだ詳しい情報は入ってきていません。情報がまだ錯綜しているんです。既にアメリカ大陸に上陸を許したとか大西洋上で双方の海軍が戦闘に入ったとか。とにかくアメリカでも事態が動いた可能性があります。直ぐに戻ってきて・・・えっ!志貴君コーバック教授から』
「えっ?教授?」
そこへエレイシアからコーバックに会話が変わった。
『おお志貴か?』
「はい、教授どうされたんですか?確か『千年城』にいると話に聞きましたが」
『ああ、おんどれとゼルレッチ、それに士郎に話があってのそしたら二人揃ってロンドンに行ったと言うやないか』
「ええ教授も聞いたと思いますが士郎が」
『ああわかっとる。そんでなすまんが士郎連れて直ぐにこっちに来てくれるか?』
コーバックの奇妙な注文に志貴は思わず眉を潜めた。
十二『離脱』
「教授それは一体・・・」
『例の手首の件でな・・・あと一つだけ確認したい事があるんや』
「確認したい事?それは」
『電話越しで話せる事やないんや。他の面子に言うても信じるかどうか・・・とにかく、こっちに来たらまずは士郎とお主、それにゼルレッチと蒼崎はんに話す。頼むわ。出来るだけ大急ぎで』
「・・・判りました」
そう言い電源を切る。
「志貴、コーバックもいたのか?」
「はい、とにかく士郎を連れて来てくれと。今回の件で確認したい事があると」
「ふむ・・・あ奴の事だ何か掴んだのかも知れんな。それとアメリカに攻撃を受けたというのは?」
「向こうでも情報が錯綜しているようで、正確な情報はまだ来ていないそうです。でどうする?士郎」
「・・・ああ無論行く」
何時の間にか士郎は眼を覚ましており起き上がっていた。
「今の様子はどうだ?」
「痛みは落ち着いている。さっきまでの激痛が嘘みたいに消えたよ」
その返答にゼルレッチが手首を軽く押さえる。
それに対して士郎は特に苦痛を訴える事もなく静かな表情を歪める事もない。
「どうやら本当の様だな」
「士郎、あんた本当に大丈夫なの?」
「ああ、心配かけてごめんな凛」
「べ、別にあんたの心配をした訳じゃないし」
凛の言葉に士郎は自然に頷き、それから志貴とゼルレッチに視線を向ける。
「じゃあこれから行くか。あの教授が大急ぎでなんて言葉を言う位だ。何かわかったのかも知れないし」
「ああ」
二つ返事で答えて、士郎は立ち上がる。
「じゃあちょっと行って来る」
「ええ、士郎気をつけてよ」
病室を出て直ぐ士郎達の前にある意味一番会いたくない人物が現れた。
「うわっ・・・バルトメロイ・・・」
「・・・」
戦闘態勢のままバルトメロイがこちらに向かって歩いてきている。
「ほう、現在の魔道元帥か、確かどう言う訳か士郎を眼の敵にしておるという話だな」
「理由は全くの不明ですが・・・ってどうしてそんな事知っているんですか?」
「まあ色々と私にも情報のコネがあるからな」
そんな事を小声で話している内にバルトメロイが軽く身構える。
同時に志貴も懐の『七つ夜』に手を忍ばせる。
だが、バルトメロイは構えを解くと、
「流石に『真なる死神』に人蛭にまで堕しても魔法使いの端くれと渡り合うのは分が悪いですね・・・命拾いしましたね・・・エミヤ」
最後のエミヤの一言に溢れんばかりの殺意を込めてから憎悪の視線だけ士郎にぶつけるとそのまま通り過ぎて行った。
「士郎、あの時の遭遇以外で何彼女にやらかした?」
視界から完全に消えたのを見計らい志貴がおもむろに尋ねる。
「何も知らん。親父がらみかとも思ったんだが、完全に空振りだったし」
「だが、あの殺意と憎悪は本物だ。よほどの事でもない限り出せないぞ」
「俺もそれが判れば苦労はないって」
心底疲れたように溜息をつく士郎。
「さて急いで行くとするか」
「「はい」」
再び闇の結界を抜け出した志貴達はそのまま転移でイタリアに帰還した。
「おお、志貴、士郎まっとったで」
「お待たせしましたコーバック師」
「それよりも教授、士郎の・・・」
志貴の言葉を遮るように手を向ける。
「ちょいと待ちや・・・まずは」
そう言ってコーバックは志貴達を奥の一室に案内する。
そこには既に青子が待っていた。
「んで、次は」
コーバックは指を一つ鳴らす。
その途端、志貴が使う『空間閉鎖』が部屋を覆う。
「んで止めや」
そう言うや、志貴と士郎に掌をかざす。
すると、何か小さな虫が士郎の襟元から零れ落ちると同時にそのまま事切れた。
「やはりかいな。念を入れといて正解やったな」
「こいつは・・・使い魔?」
「まさか・・・病院ですれ違った時に・・・」
「呆れた早業だな」
「さて、これでこれから話す事は決して外には漏れへん」
そう言って封鎖を更に固めるコーバック。
「教授、ここまで警備を厳重にするという事は士郎の状態は相当悪いという事ですか?」
「今の所は何も言えへん。ただの、もし士郎の身に起こっている事の原因がワイの想像通りの事やとしたら・・・正直絶望的やで」
コーバックの言葉には何時もの軽い雰因気は微塵もなく、その口調だけで、今士郎を襲う事態が尋常ではない事を一堂は嫌でも悟らざるを得なかった。
「その前にや・・・士郎、すまんが十秒・・・いや、五秒・・・いやいや三秒でも構わん、魔術行使をしてみてくれへんか?」
「ま、魔術行使ですか・・・」
「ああ頼む。わいの仮定の最終確認にはどうしても必要なんや」
コーバックの真摯な発言と姿勢に一瞬躊躇したが、士郎も頷く。
「じゃあ・・・いきます。投影は厳しいので強化にしますが」
「かまへん。おんどれの魔術回路の状態を把握したいんや」
コーバックの台詞に頷きすぐさま、意識を集中させる。
「・・・同調開始(トーレス・オン)・・・っ!!」
詠唱が終わった途端、あの激痛が全身を駆け巡る。
正気を失いかける程ではないがそれでも表情を歪める。
「・・・士郎もうええ」
何時の間にか士郎の両手首に触れていたコーバックが声を掛ける。
痛みのあまりそれにすら気づかなかったようだ。
行使を止めると同時に痛みも急速に薄れていく。
「はあ・・・はあ・・・はあ・・・」
「相当悪化してるわね」
肩で息をして、激痛のあまり脂汗を滲ませる士郎に青子もそう感想を漏らさずにはいられなかった。
それを尻目にコーバックは彼独自が開発した魔道器・・・レントゲンをヒントに創り上げた、魔術回路を調べ上げる特殊魔道器・・・を巧みに操作する。
「・・・」
解析には暫く時間が掛かる事を知っている志貴達は一先ず各々、紅茶やコーヒー、志貴が日本から持ってきた緑茶を啜りだす。
「・・・判明したで」
全員が一杯目を飲み終えた時、コーバックが極めて重苦しい表情と口調でこちらに近寄る。
「で、どうだったんですか?教授」
志貴の問い掛けに
「口で言うよりも実物を比較した方がわかりやすいと思うからまずはこれ見てくれ」
そう言って取り出したのは、一枚の写真のような物だった。
それが何であるのか士郎は良くわかっていた。
「これは・・・確か俺が卒業する時に、その魔道器の実験台にさせられた時の・・・」
「そうや。昨日偶然これを見つけてな。それである可能性が閃いて調べるのと士郎に無茶を頼んだ次第や・・・それでや、ゼルレッチ、蒼崎はん、見て驚いたらあかんで・・・いや、驚くやろな」
「??それは一体・・・」
ゼルレッチの質問を遮る様にコーバックは最初の写真の隣に良く比べられる様に並べて置いた。
「何が・・・!!な、何だこれは!これなんの悪戯だ!」
「ちょっと!冗談にしては性質悪いわよ!!」
一目見たゼルレッチと青子が同時に声を上げる。
悪戯や冗談と言う言葉を出したが言った本人達が良くわかっていた。
これは悪戯でも冗談でもない事を。
「それで済めばよかったんやが・・・残念やけどワイが想定しておった最悪の可能性が的中してしもうた」
だが、慌てるのも無理は無い。
同じ箇所を撮られたそれには決定的な違いが一ヶ所存在していた。
士郎の手首部分の魔術回路・・・そこが今撮られた物には途中で両端から突起のような物でほとんど塞がれていたのだから。
「これは一体・・・教授何なんですか?」
志貴の基本的な疑問にコーバックは苦い表情を崩さず絶望的な答えをいう。
「ワイにも判らん。こないな事前代未聞や。そら確かに埋没した魔術師の家系やて魔術回路が閉じておる」
「間桐とかですか?」
「そうや。せやけど、それは大抵、すべてが塞がっている。例えるならばパイプに土とかを詰め込んだようなものや。けどこれは違う。魔術回路のそれも一部が弁と言うか、門と言うか・・・ええい!とりあえず判りやすく『リミッター』と呼ぶで。それで塞がっておるなんて聞いた事もあらへん」
「ですが、何で今まで気付かなかったんだ・・・こんな異変・・・俺でも直ぐ判るのに・・・コーバック師」
「その答えはこれに書かれておる」
そう言って三枚目のそれを二枚目の隣に並べる。
おそらく魔術行使を止めて少し経ったものだろう。
そこには突起こそあったが、急激に縮まりつつあった魔術回路があった。
「迂闊やった。わいらが調査したのはあくまでも痛みがひいた後やった。その時には『リミッター』は引っ込んで姿を晦ましておった。それが今日までばれなかった原因やったんや」
「だから『リミッター』なんですね」
「ああ、まるで士郎のこれ以上の魔術行使を止めようとしているみたいに、魔術を使った途端に出てきて魔力を塞き止めようとしておる」
「それが士郎の激痛の原因か」
「そうや、まだ辛うじて隙間があるから完全には塞がっておらんが、それでも士郎の流す魔力量から言えば狭すぎる。塞き止められた魔力が暴走寸前にまで追い詰められて激痛となって現れたんやろ」
「ちなみにこの『リミッター』を強引に突破しようとしたらどうなるの?」
「そないな事言わずともわかるやろ。士郎の魔術回路は確実に崩壊して、魔力は暴走する。現状の士郎が持つ魔力量やったら間違いなく即死や」
「判っているわよ。一応の確認よそうなると・・・」
「ああ、一番最善なのは士郎には魔術を使う事をやめさせる事やが・・・」
「だけど、魔力を出さない訳にはいかないでしょう。士郎の特性を考えたら」
魔力を溜め込みすぎれば回路は決壊して暴走、かと言って使っても回路を破壊してやはり暴走。
士郎にとっては間違いなく悪夢ともいえる事態。
いつもはおちゃらけた態度を取るゼルレッチ、青子、コーバック達ですら、その表情に鎮痛な面持ちを崩さない。
今、士郎が置かれた状況がどれだけ重大かつ追い詰められてものかこれだけでも、良くわかった。
「それよりも教授、これは直るんですか?」
そんな流れを遮るように、志貴が今、全員一番聞きたい質問をぶつける。
それに対してコーバックの返答は最善とは程遠いものだった。
「さっきも言ったが、こないな現状は初めてや。正直、ゼロから研究せなあかん」
その返答に志貴も士郎も絶句する。
だが、心の中ではそれを受け入れざるおえない事も判っていた。
特に士郎はその思いは強かった。
もはや投影はおろか強化すら魔術行使に支障をきたしている。
今の自分は前線にいても役に立たない事を誰よりも自覚していた。
「士郎、お前は日本に戻れ。現状のお前は戦力にはなれない。おまけにバルトメロイがお前を付け狙っておる以上ロンドンにこれ以上いるのは危険だ。」
そんな士郎にゼルレッチがあえて厳しい表情で勧告を下す。
「・・・判りました」
それに士郎も唇を噛みしめながら頷く。
今の状態では次にバルトメロイに襲われたらそれは士郎の死を意味する。
「安心せえ。士郎。確かに何も判らん事ばかりやがのワイとて『封印の魔法使い』なんつう大層な通り名もろうてる身や。このままじゃあ終わらせへんで」
落胆する士郎を励ますようにコーバックが肩を叩く。
「無論だ。私とてまだまだ伸びる余地ある弟子を終わらせるものか。コーバックと共に調べるつもりだ・・・それにまだあれを見せて貰っておらぬからな」
「コーバック師・・・師匠・・・お願いします」
「任せとき。それと日本に戻る前にお前の魔力を可能な限りこいつに押し込んでおくとしよか」
そう言って取り出したのは一組のブレスレットだった。
それもブレスレット一面にはいくつもの石が埋め込まれている。
「これは・・もしかして俺が今まで」
「そうや。己が今まで魔力を閉じ込めておいた石を全て埋め込んでおる。更にこの四方にある石は完全に空の状態や。これに己の魔力を詰め込む。それで少しは持つ筈や」
コーバックの言葉に頷いてシロウはブレスレットを両手に嵌める。
「で。その後は?どうするの?」
「その後は・・・時間との勝負やな。士郎の魔術回路もあるし『六王権』軍の事もある。ロンドンはいくら英霊が二体増援で来たとは言え戦力の低下は否めんしの」
「戦力か・・・それについては私に少し考えがある」
「えっ?それは一体・・・」
志貴の疑問には答えず、士郎に妙な確認を取る。
「士郎、あっちには確かトオサカの姉妹とエーデルフェルトがいたのだったな」
「はい、あと、イリヤも」
「アインツベルンの娘か・・・トオサカは嫌がるかも知れぬがもはや手段は選べん」
「「??」」
ゼルレッチの言葉に首を傾げる志貴と士郎。
「ああそれとコーバック、外のお姫様達には士郎の事話して良いの?」
「姫はん達には話してもろてもかまへん。ただ問題はロンドンの嬢ちゃん達の方やな」
迂闊に士郎の現状が協会に漏れればどうなるか予想出来ない。
現にバルトメロイの手と思われる傍受が行われる寸前だったのだから。
「仲間外れみたいで申し訳ないが、士郎の現状は教えへん方がええやろ。とりあえず、話は此処までや。ワイは『千年城』に戻って士郎の『リミッター』解除の研究を始めるわ」
「お願いしますコーバック師」
「任せとき」
そう言うと、結界を解除したコーバックは転移で姿を消した。
「では私も『千年城』に戻る。用意してくる」
そう言ってゼルレッチも転移で姿を消す。
「じゃあ士郎、一旦ロンドンに戻るか?」
「その前に志貴、アメリカの件だけは聞いて良いか?」
「ああ、そうだな。少しは状況はわかったかもしれないな。じゃあ姉さんの所に行こう」
「ああ」
個室から出ると直ぐにアルクェイド達『七夫人』にエレイシアが駆け寄ってきた。
「志貴君、待っていましたよ」
「姉さん、それでアメリカの件ですが」
「ええ、向こうに常駐している司教からの連絡でかなりの事が判ってきました。まずはアメリカはまだ侵攻はされていません」
「と言う事は・・・攻撃ですか?ですがどうやって」
「どうやら黒翼公配下の死徒・・・と言うか鳥もどきが死者をアメリカの都市に投下しているみたいなんです」
「死者を投下?」
話をまとめるとこうだ。
『六王権』軍によるアメリカ攻撃は意外にも核攻撃阻止が行われたその日の夜から始まった。
その夜、アメリカ最大の都市、ニューヨークに『六王権』軍空中遊撃軍の死徒が一体現れた。
だが、パニックに陥る人々を尻目にその死徒は死者を一体市街地に投下してから、近くにいた警官を餌食にした後、飛び去った。
幸いにも死者は駆けつけた警官やSWATによって射殺された。
特に力の無い下級死者だったと言う。
その日はそれで終わり、政府関係者も安堵を浮かべたのだが、悪夢はここから始まった。
翌日・・・つまり一昨日にも攻撃が行われた。
今度は二体の空中遊撃軍が現れ、一体はアメリカ南部、フロリダ州マイアミに、もう一体はカナダ国境に近いメーン州オーガスタ近郊に死者を投下していった。
この時はマイアミは数名が負傷した程度で済んだが、オーガスタでは警官二名、更に付近の住民二十名近くが死者の餌食となり彼らも死者となり人々に襲い掛かった。
だが、数時間後、朝日が上がると同時に犠牲者達は活動を停止し、被害は何とか食い止められた。
その犠牲者の多さに政府関係者は報道管制を敷いて情報を隠蔽した。
だが、攻撃はまだ続いた。
次の日・・・昨日の夜も同じ様に『六王権』による死者投下が開始された。
それも今度は四ヶ所に。
内二つはマサチューセッツ州ボストン、及びサウスカロライナ州コロンビアの繁華街のど真ん中落とされた為、犠牲者も出ず事無きを得たが、残り二つが致命的だった。
その二体はよりにもよってアパラチア山脈を越えて中部インディアナ州南端とケンタッキー州西端の小さなコミュニティに投下された。
それにより、二つのコミュニティは全滅、小規模ながら死都が生れ落ちた。
不幸中の幸いな事にどちらのコミュニティも朝が来ると同時に犠牲者達の全ては活動を停止し、偶然警戒中の州兵に発見された為これ以上の被害の拡大は避けられたが、実にこの三日間だけで六百人を超す人命が失われた。
更に野次馬の誰かが撮影されたと思われる死都の映像と、三日間連続で襲撃を受けていたと言う情報がインターネットを通じて流れると一気に不安と恐怖が爆発。
流言飛語が飛び交い、全米で暴動が発生しているという言う事だ。
「現状で判っている事はこれくらいです」
エレイシアの説明が終わると志貴は苦々しく表情を歪める。
「バカな事をしたからだアメリカは・・・しかし」
「敵ながら巧妙だと言わざるおえません。僅か数体の死者でアメリカを混乱の渦に叩き込んでいます」
志貴とシオンが忌々しげに吐き捨てるように、形だけは『六王権』の巧妙さを称える。
人間が一番不安に感じるのは何か?
不明な事不確定な事・・・様は判らない事である。
殺される事は確かに怖い、人が死ぬと言うのも怖い、それは当然の事。
だが、死んだのか生きているのかそれが判らない事、それに一番人はストレスを感じる。
何時化け物を落とすのか?明日か?明後日か?それとも今夜なのか?
それが判らぬ事は言い表しようの無い不安と恐怖を植え付ける。
それに付け込んだと言うならば見事と言う他なかった。
更にそれにインターネットと言う科学技術の粋が負の方面に力を発揮してしまった。
「こうなると暫く暴動は収まらないと見た方が良いわね。むしろ範囲は広がると思うわ」
「そうなるとこの攻撃はアメリカ侵攻の下準備なのでしょうか?」
「そこまでは判りません、代行者。ただ、アメリカの治安が加速度的に悪くなってきています。少なくとも攻め込まれやすくなった事だけは間違いありません」
「うん、それにこんな事やっていたら結局同士討ちになっちゃうよ・・・『六王権』軍に対処するには一致団結するしかないのに・・・」
青子、エレイシア、シオン、琥珀が意見を交わす中、志貴はどう言う訳か先程より更に沈痛な表情で思案に暮れていた。
「??志貴どうした?」
それに不審に思ったのか士郎が声を掛ける。
「ああ・・・なんか引っかかるんだよ・・・言葉に出来ないんだが・・・なんか腑に落ちないんだよ・・・」
「??」
支離滅裂な志貴の言葉に首を傾げる士郎。
「いやなんでもない。多分色々あり過ぎて考えの整理がつかないんだろ。姉さん、もう少し詳しい事は・・・」
「駄目ですね。携帯はもちろんですが、メールすらも今は送信受信共に制限されているんです。正直アメリカの状況はどうなっているかはもう少し時間が必要ですね」
「判りました。じゃあ、イギリスに行ったらその足でアメリカの様子も見てきます」
「??それって・・・ああ、そうですね。志貴君は転移は使えたんですね」
「そう言う事です。士郎、日本に帰る前に少し寄り道するが」
「ああ、いいぞ。俺も少し見てみたいからな」
「じゃあ私も少し見てみるわ。じゃあ志貴は東部の方に行って。私は西部や中部を見てみるから」
「お願いします先生」
そこへアルクェイドが話を変える。
「ところで志貴、士郎のはどうなの?」
「そういえばそうだね。志貴ちゃん、衛宮様の容態は?」
「ああ、一言で言えば最悪だ」
そう前置きしてから志貴は士郎が今置かれている状態を話す。
「えっと・・・じゃあ士郎は・・・」
「現状では前線に立たせる事は出来ない。一旦日本に帰す事になった」
志貴の言葉に全員に重苦しい空気が漂う。
「大丈夫さ。原因が判っただけでも大きな一歩だ。教授や師匠が全力で解除方法を探すと言っていたんだ。きっと戦線に復帰出来る・・・と思うが」
そんな空気を払おうと志貴が明るい材料だけを殊更に強調する。
だが、最後の方はやはり志貴自身も不安を隠しきれないのだろう、曖昧な物に変わったが。
何よりも当の士郎本人が、そう簡単にはこの『リミッター』は解除は出来ないだろうと判っていた。
「とりあえず遠坂さん達にはどう話すか?」
イギリスに飛ぶ寸前、志貴は肝心の事を士郎と相談する。
「下手に『リミッター』の事は言えないだろう。下手に騒がれて外部に漏れればどうなるか・・・正直以前でもバルトメロイに勝てる見込みは無かったんだ。この現状じゃ瞬殺してくれって言っているようなものだ。下手をすれば『クロンの大隊』を刺客として送り込むくらいの事だってやりかねんぞ」
士郎らしからぬ悪意に満ちた断言だったが、バルトメロイの憎悪と殺意をロンドンについてから連日受けていた士郎としてはこの断言が大袈裟とは思えなかった。
「とりあえず、現状原因は不明、お前を検査と治療の為に念を入れて日本に帰す。後は、協会にはお前は『千年城』に滞在していると情報操作してもらう・・・こう言うしかないだろう」
「そうだな。それが妥当だろう・・・後、情報操作は大丈夫だと思う。イスカンダル陛下の臣下の一人がロード・エルメロイU世なんだ。陛下経由で彼に頼めば」
「よしそれで行こう」
話し合ってから一時間後、士郎と志貴は再びロンドン『時計塔』にいた。
そこでまずは士郎の容態を先程話したとおり虚実を混ぜた説明をする。
ご丁寧にも周囲を『空間封鎖』で封印してから、さらに小声で。
「ではシロウは一旦日本へ?」
「ああ、何時この状況がぶり返すか判らないから師匠の権限で戦線から離脱させる事にした。
「先輩大丈夫なんですか?」
「ああ、行く前も言ったけど痛みはまるで無いんだ。とりあえず定期的に師匠とコーバック師が来て検査をしてくれるらしい」
「じゃあ誰か一人一緒に戻った方が良いわね。バルトメロイの事も考えるとこいつ一人で日本に帰すのは危険だし」
「いや、凛の言う事もその通りだと思うけど、『六王権』軍が何時再侵攻してくるか判らない以上戦力は割きたくない。全員残ってくれ。レイお前も」
「な、何言っているのよ!!バルトメロイの事も考えなさいよ」
「ああ判っている。それでイスカンダル陛下、陛下に頼みが」
「何だ?エミヤ」
「ロード・エルメロイU世経由で協会に俺は原因不明の呪いを解除する為に『千年城』に滞在していると伝えてほしいんです」
「ほう・・・なるほど偽情報か」
「ええ、それで何時まで誤魔化せるかわかりませんが、カモフラージュになると思いますし」
「わかったウェイバーの奴に伝えておこう」
「でもシロウ大丈夫なの?なんだったらセラとリズだけでも護衛で連れて行く?」
イリヤの提案に
「お嬢様!それではお嬢様のお世話が・・・それにエミヤ様でしたら今申された情報操作や宝石にお任せすれば」
セラはアインツベルンのメイドとして(後私情も多々交えて)反対し、
「イリヤが良いと言うなら構わない」
リーゼリットは特に反論無く従う。
「ありがとうなイリヤ。だけど残ってくれ。現状、激戦地は間違いなくここと、イタリアだから・・・戦力はこれ以上割けない」
士郎は心の底から礼を言ってから謝辞を示す。
士郎の言葉にこれ以上反論する事は出来なかった。
『六王権』軍の侵攻が今回で止まるとはとても思えなかったし、再侵攻してくるとすれば今回を更に上回る規模で迫る事は容易に想像できた。
「大丈夫なのですか?」
「ああ、だからこそ最大限の手段を用いて回避するから」
「でも・・・」
これ以上の話は堂々巡りになると思ったのかセタンタとヘラクレスは話を区切る。
「まあしゃあねえだろ。士郎がこう言っているんだ。それを信じるしかねえだろ?」
「うむ、それよりもアメリカが侵攻を受けたと言う情報はどうなのだ?」
「ああ、それについてはデマと真実が半々と言った所だった」
「半々?それはどう言う事ですの?」
志貴と士郎はアメリカの現状を聞いた範囲で一堂に話す。
「なるほど、最小の労力で最大の戦果を得たと言う所か」
「そうですね陛下。空襲は主導権は攻撃側が握っています」
「おまけに人体である以上レーダーにもうつりにくいであるだろうしな」
「はい、それに低空でアメリカ大陸に上陸した可能性もありますから」
直ぐに我が意を得たと頷くイスカンダルを尻目に凛達、魔術師組は眼を白黒させていた。
「へ?なんで??」
「?何?レーダーって???」
「どうしてうつりにいくの??」
士郎とイスカンダルの会話をまるで異世界の言語を心構え無しに聞いた様に呆然としている。
「て言うか、なんで英霊のイスカンダルのおっさんが理解できて嬢ちゃん達が理解出来ねんだよ」
セタンタが呆れ気味に突っ込んでいた。
そして協会はイスカンダルに一旦任せてアメリカ東部のニューヨークや首都ワシントンDC等の東部主要都市を軽く視察した志貴と士郎は日本、冬木の衛宮邸に戻ってきた。
既に時間は深夜になろうとしていた。
「じゃあ、士郎今日の所は休め」
中庭に姿を現した志貴は士郎に声を掛ける。
「ああ・・・すまない志貴、こんな大事な時に」
「お前だけが悪い訳じゃない。師匠や教授ですら気付けなかったんだ。お前に非はない」
「・・・」
唇を噛み締め静かに頷く士郎。
「俺も可能な限り調べる。心配するな」
「ああ・・・」
「じゃあなお休み」
「ああお休み」
そう言って志貴は転移でその場から姿を消す。
「・・・」
一人になった士郎はその場で静かに立ち尽くす。
悔しかった。
こんな時期にこんな形で戦線を離脱する事になってしまった事に。
出来れば残りたかった。
どんな形でも良いから、皆の力となりたかった。
もしもゼルレッチに修行を施される前の自分であれば、周囲の迷惑を顧みず、自分の力量を見極める事も出来ず、ロンドンに残る事を主張したかもしれない。
だが、残りたかったという思いと同時に、自分が今どれだけ足手まといとなっているかも正確に把握できていた。
残った所で自分に出来る事など何一つ無い。
それ所かバルトメロイに命を狙われている現状では、残っても文字通りアルトリア達の足枷になった事は疑うまでも無い。
「・・・っ!」
そんな無い混ざった感情が吹き上がり、土蔵の壁を殴り付ける。
そして一筋の涙が零れ落ち、地面に落ちて地面に吸い込まれる。
その時だった。
(遂に・・・行き着いてしまったんだね・・・士郎)
背後から懐かしい、だが聞く筈の無い声を確かに耳にした。
「えっ??」
その思わぬ声に士郎は思わず背後を振り向いた。
これより暫しの間『錬剣師』衛宮士郎は歴史の表舞台から姿を消す事になる。